「エピゲノム 仕組み解明を」のタイトルで、読売新聞に掲載されました。

研究内容を読売新聞に掲載していただきました。

出所:

  • 紙面名:読売新聞
  • 掲載日付:2018年5月9日(水)

エピゲノム 仕組み解明を(東北大学医学部教授リレーコラム)

 

星陵の学びやから(5月9日付)

なぜ、同じ雌のハチでも働きバチと女王バチに分かれるのか。一卵性双生児は全く同じ遺伝子をもつのに、成長につれて、次第に個性が変わり、異なる病気を起こすことがあるのはなぜか。

これは「エピゲノム」と呼ばれるしくみによるものです。「ゲノム」は、親から子に受け渡された生まれながらの遺伝子情報ですが、「エピゲノム」は生後、ゲノムに付け加えられる「しるし」です。この「しるし」は、たった一つの受精卵から我々の臓器を形成する200種類もの細胞へと変化させ維持する役割を担います。エピゲノムは、環境や栄養などの影響で書き換えられることから、生命が環境へ適応し生存する上でも重要な機能を果たすことも明らかになりつつあります。

2001年にはヒトの全ゲノムが解読され、遺伝子異常で病気のリスクがわかる時代に突入しました。しかし、ゲノム解読で一つの箱を開けたら、もう一つのブラックボックスに気付きます。それが「エピゲノム」です。ゲノムは全てが作用するわけではなく、ゲノムにくっつく「暗号」に影響されることが分かってきたのです。エピゲノムという暗号を解くことが、生活習慣など環境が大きく関与する、がんや生活習慣病などの「多因子性疾患」を解明する鍵になりそうです。

私は研修医時代、狭心症や心筋梗塞などの心血管病の患者に接し、原因となる生活習慣病に興味を持ちました。大学院修了後、分子レベルで遺伝学を用いて高脂血症と心血管病を解明した米テキサス大のゴールドスタイン、ブラウン両博士らの研究室に留学しました。帰国後は、遺伝学による高脂血症の研究を一歩進め、エピゲノムの観点から生活習慣病の病因解明を進めてきました。

栄養や運動などの生活習慣はエピゲノムに記録され、生活習慣病の発症や合併症に関係すると考えられます。すなわち、がん、そして肥満や高血圧、糖尿病、動脈硬化などの手がかりが隠されていると思われます。なかでも脂肪組織の役割は重要です。この組織をつくる脂肪細胞は過剰な栄養分を蓄えることで飢餓に備え、寒冷地では熱を生み出す体質へと変える働きがあります。いわば、脂肪細胞は飢えや寒さに適応するための重要な器官です。

私たちは「寒い環境下に長くいると、特定の酵素が働き体脂肪が燃えやすい体質に変わる」というエピゲノムの仕組みを、マウスの実験で初めて解明しました。栄養過多の現代社会で、脂肪が燃焼しやすい体質は生活習慣病予防に重要です。長期にわたる寒さに適応するため、栄養を蓄える機能を持っていた皮下脂肪組織が、脂肪を燃やし熱に変える働きを持つようになります。これは脂肪細胞の「べージュ化」とよばれ、「ベージュ脂肪細胞」として知られています。

ベージュ脂肪細胞は熱を生み出し、ぶどう糖や脂肪を活発に消費するため、2型糖尿病などの生活習慣病治療への応用が注目されています。今回明らかにした酵素を標的とすることで生活習慣病の治療や予防法開発につながるものと期待されます。

 

平成30年5月9日読売新聞社 東北大医学部教授リレーコラム「星陵の学びやから」