「記憶される生活習慣の科学」を目指して

艮陵新聞 2017年10月31日発行(第299号) 掲載原稿

「記憶される生活習慣の科学」を目指して

東北大学大学院 医学系研究科 分子生理学分野  酒井 寿郎 教授

 

1.今の先生を形成する上で、欠かすことのできなかった学生時代の想い出を一つ教えてください。

大学生時代は学友会ならびに医学部の柔道部に所属し、ひたすら柔道ばかりしておりました。厳しい稽古はその後、あきらめずに追及する姿勢がついたのではと思っております。7大学戦や東医体、全医体に出場したのはとてもいい思い出です。

 

2.先生が現在の分野を志した一番のきっかけを教えてください。

研修医時代に心筋梗塞など冠動脈疾患に多数遭遇し、心血管病の原因となる糖脂質代謝異常症・高血圧などの生活習慣病に興味を持ったのがきっかけで、私は、大学院(当時の第二内科)に1990年に進学しました。初めから現在していることをしようと思ったわけではありません。その時その時の「好奇心」を追及していくうちに、仕事が展開されてきたというのが実際です。

 

3.これまでの先生の研究、仕事内容について、自分の中で最も意義が大きかった業績を中心に教えてください。

大学院時代に、超低密度リポ蛋白受容体(VLDL受容体)を発見したことがきっかけとなり、テキサス大学のGoldstein & Brown博士らに博士研究員として招聘されました。彼らはコレステロールと心血管病の発症の関係を解明し1985年にノーベル賞を受賞されました。私は1994年に留学しましたが、その時にはコレステロールホメオスタシスの鍵を担う転写因子SREBPを発見し、次の大きな研究を展開しておりました。私はSREBP活性化されるパスウェイを解明し、鍵となる酵素を発見し、Cell誌に報告しました。今では、私が解明したSREBPパスウェイは教科書に載っており、学生の皆さんも授業で勉強しています。嬉しいことに2015年は科学論文で最も権威ある論文の一つであるCell誌の刊行40周年にあたりましたが、記念としてこれまで掲載された中でランドマークになる論文25編をが解説付きで紹介していましたが、私の論文がこの中に選ばれました。彼らの病気を解明したいというオリジナリティあふれる研究は、白いキャンバスに全く新しい美しい絵を描く「芸術」のようでもあり、あんなふうに医学サイエンスに貢献したいという熱い気持ちで現在に至っています。
1998年に帰国し、動脈硬化研究を肥満、糖脂質代謝異常などの生活習慣病の研究へと発展させ、特に脂肪細胞を舞台に、栄養と環境がどのように生活習慣病の発症進展に関与するかの研究解析を進めております。特に注目しているのがエピゲノムによる制御機構です。「エピ」は「上」を意味し、エピゲノムとはゲノムの上位の制御機構です。環境変化などの外来刺激は、DNAやヒストンに化学修飾として記録され、細胞の記憶となります。エピゲノムの変化は環境への適応機構であり、がんや生活習慣病に深く関与すると考えられております。最近、脂肪細胞の分化と熱産生における新たなエピゲノム制御機構を発見しMolecular Cellなどに発表し、「記憶される生活習慣の科学」を進めております。

 

4.今の学生に、学生時代にしておいてほしいこと・大切にしてほしいこと

今授業で習っていることは、だれかが解明してきたことです。是非、わからないことに「好奇心」をもち医学を発展させる目を養ってください。