分子生理学分野が発足し、酒井寿郎教授が着任いたしました。

ご挨拶

メタボリックシンドローム
〜 記憶される生活習慣の科学

このたび、東北大学 大学院医学系研究科 細胞生物学講座 分子生理学分野 を主宰させていただくことになりました。私は研修医時代に心筋梗塞などの冠動脈疾患に多くの遭遇し、この病因の解明と治療に大変興味を持ちました。私が留学したGoldstein & Brown博士らはこの時までに、コレステロールの主要運搬体である低密度リポタンパク質LDLレセプターを発見し、この遺伝子の異常が高コレステロール血症を引き起こし、動脈硬化を引き起こすことを証明しました。この功績で彼らは1984年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。当時米国で蔓延していた心血管病を解明したいという、医師としての情熱から徹底的にこれを究明してきました。彼らの研究はあたかも白いキャンバスに誰も見たことのないすごい絵を描くかのようで、私は大きな影響を受けました。

今日、生活習慣病と総称される糖尿病、脂質代謝異常、高血圧などの罹患数は増加し、心血管病の原因となっております。生活習慣病やがんは単一遺伝子では説明がつかない多因子性疾患です。多因子性疾患の解明は21世紀の医学生理学の重要な課題です。この多因子性疾患は環境要因もまた大きく関与します。それでは、環境からの刺激はどのようにゲノムに働きかけるのでしょうか。ゲノム解読というひとつの箱を開けたら実はその中にもう一つエピゲノムというブラックボックスが入っていることが見出されました。ゲノムは親から子へと引き継がれる種の保存の設計図です。このゲノムは後天的に化学修飾をうけて、「細胞の記憶」を形成することから、生活習慣病やがんの発症進展に大きく関与することが示唆されつつあります。私たちは、この、エピゲノムという細胞の「記憶」を作っているゲノム修飾の仕組みを解明し、エピゲノム制御にもとづく生活習慣病の画期的な治療薬の開発に励んでいきたいと考えております。